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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1737号 判決

控訴人 原告 星野荘三

訴訟代理人 横川紀良

被控訴人 被告 小林城作 外五四名

補助参加人 国

代表者 法務大臣

指定代理人 田中瑞穂 外三名

代理人 佐藤思良

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用及び当審における参加費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取り消す、被控訴人らは控訴人に対し原判決添付目録記載の各金員及びこれに対する昭和二十七年十月七日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

事実上及び法律上の主張として控訴代理人は

(一)、本件桑樹は全部土地所有者が植付けたものであり、小作人が植えたものは存しない、本件土地は買収前はほとんど被控訴人らが控訴人から小作していたものであるが、右小作の目的から地上の桑樹は除外されていてただ土地(畑)だけの耕作が目的であり、桑樹は地主の使用収益にまかされていた、従つて解放前は桑葉の採取は控訴人がしていたのである。

(二)、本件桑樹は農地の構成部分ではない、自作農創設特別措置法(以下自創法という)においては未墾地、農地及び牧野の買収においてひとしく、土地上に生立する竹木がある場合にはその対価の額は土地の価格と当該竹木の価格の合計額としている、このことは竹木を農地等の構成部分とみたというよりは両者を別物視していることをあらわすものである、昭和二十五年十月二十一日公布農林省告示第三二七号立竹木等対価算定方法の趣旨からも両者別扱の態度がうかがえるのである。農地とは耕作の目的に供せられる土地(自創法第二条)であることは疑いなく、この耕作の目的からも桑樹のようなものは必要物とはみられず、この土地の構成部分として地上の有価物を包含すると考えることは法の精神に反する、通常の売買でたまたま地上物件が土地とともに移動するとしても、それは旧所有者が地上物の権利を放棄したかもしくは各個別に価格を評価してその合算額をもつて対価としたことの結果にほかならない。

(三)、本件桑樹は農地と一体をなすものではない、自創法にいわゆる立木を、立木ニ関スル法律にいう立木又は同法にいう立木の対象となり得べき樹木の集団並びに成園を構成する樹木で土地と別個に評価する慣習のあるものをさすとし、竹木とはこれ以外の樹木をいうとするのは相当でない、本件のような樹令数十年を経た大木を含む桑樹をたんに登記がないとか明認方法がしてないとかの故で立木でないとするのは誤りである、もともと自創法のような非常の措置をもつて国民の所有財産を強制買上するものについては、できるだけ厳格な法の解釈及び適用をし、その目的達成の可能な限り国民の犠牲を最少限度にとどめなければならない、そうとすれば立木等の意義も広く解すべきであり、本件のようになんぴとも立木として疑わない桑樹を立木としないで土地と一体となすとするのは当を得ない、仮りに立木でなく竹木であるとしても土地と一体をなすものではない。

(四)、本件桑樹は相当価値あるものである、本件桑樹は樹令数十年にも及ぶいわゆる喬木仕立の大木であつて、これを伐採したんに薪材としても相当の価格を有するものであり、いわんやこれを年々桑葉を生む生立木として評価するときは桑葉だけでも昭和二十二年十二月本件農地解放処分当時においてすら一駄(二十四貫)少くとも金二百円以上の価格を有し桑樹一本平均二駄とみられるから金四百円以上の価格を有していたものといわなければならない、これを買収価格一反歩約二百円に比較すれば桑樹一本の価格の方が畑一反歩の価格よりもはるかに高く、しかもこの種桑樹は一反歩に少くとも数本多きは数十本総計数千本に及んで生立しているのである、このような高価物の存在する現実を無視して買収処分により当然にこれら桑樹の所有権が国に移り、その当然の結果として被控訴人らに移つたものであるとすれば、これは全く控訴人の財産権を没収するにひとしく、憲法に違反する無効処分といわなければならない。

(五)、今度の農地解放にあたり群馬県農地部が管下各町村農地関係者に配布した「農地等の買収及売渡事務処理要領」(昭和二十二年二月一日通牒、同年三月二十日訂正、甲第五号証)によれば、その「第四、買収計画の作製」中の「(八)対価の決定」という項目中(ロ)の第三項中には「毛上耕作物の評価は施行令第二十五条の基準によること」とあり、自作農創設特別措置法施行令第二十五条によれば、土地の価格と立竹木の価格の合計額を超えてはならない趣旨を規定している。従つてこれによれば群馬県当局は本件のように農地上に立竹木の存在する場合は、農地以外の土地に立竹木のある場合と同様に取り扱うべきことを指示しているのであつて、本件のような桑樹には相当の対価を認めるべきことが明らかであり、桑樹が土地と一体をなすから無償でその所有も国に移つたとするのは右指導基準にも反することになると述べ、

被控訴人ら代理人は

(一)、本件桑樹は全部土地所有者が植付けたとの事実は争う、本件土地の賃貸借の目的から桑樹が除外されているとの事実は否認する、ただ地主が賃貸地上の桑樹から生ずる桑葉を勝手に収穫していたに過ぎない。

(二)、本件桑樹は農地の構成部分である、自創法において地上に竹木のある場合その価格を合算することとしていることは、竹木を土地と別個の処分の対象とした趣旨ではない。

(三)、本件桑樹は農地と一体をなすものである、この点に関する控訴人の所論には反対である。

(四)、本件桑樹が相当の価値あるものとの事実は争う。本件の桑樹はその土地上に存立することにおいては決して価値あるものではない、仮りに薪材としていくばくかの価値ありとするも、それは桑樹がそのまま存立することを前提とする本件の場合に関係ない、控訴人は桑樹もしくは桑葉が高価であることをいうが、桑葉の価値がないか、少いときはその主張は理由のないこととなる、すでに戦時中養蚕は極度に圧縮され桑樹の存在は厄介視された時代があり、この時は桑樹は無価値であつた、控訴人の所論はいつたん無価値に帰したものが復活したということになり、とうてい賛成できない。

(五)、群馬県農地部が控訴人主張のような事務処理要領を配布したことは認めるが、買収価格の変更を求めるものでない本件には関係ない(むしろ控訴人がこれを主張すること自体本件がたんなる価格の争いであることを自認するものというべく、それならば控訴人は全く訴の方法をあやまつたというのである)、立木法による登記又は明認方法の施されていない立木が土地と一体をなすものであることは大審院判例の示すところである、しかも本件の桑樹は生産手段としての土地の特殊な附加的構成要素であり、桑樹はかえつて土地の生産価値を低下させている事実を無視し得ないと述べた。

立証として控訴代理人は甲第五号証を提出し、当審における証人石原佐内、林晶一、林和嘉次、林吉太郎、星野毎作、林利治、星野延寿、星野隅雄、林召良、吉野喜作の各証言、当審における検証の結果及び当審における鑑定人近藤康男鑑定の結果を援用し、被控訴人ら代理人は当審における鑑定人近藤康男鑑定の結果を援用し、甲第五号証の成立を認めると述べた。

以上のほか当事者双方及び参加人の事実上及び法律上の主張、証拠の提出援用認否はすべて原判決事実らんに記載されたとおりであるからここにこれを引用する。

理由

被控訴人らは本案前の抗弁として本件は自創法の農地買収及び売渡処分を争うものであるから自創法に規定された手続により処分庁を相手方として争訟すべきであり、本件の訴は不適法であると主張するけれども、控訴人はなんら右買収売渡処分の取消変更を主張するものでなく、買収売渡にかかる本件農地の上に生立する桑樹が控訴人の所有にあることを主張するに過ぎないから、この点に関する被控訴人らの抗弁は理由がない。

よつて本案について判断する。原判決添付目録記載の土地がもと控訴人の所有に属したが自創法の規定により国に買収され、続いて被控訴人らに売渡され、被控訴人らがそれぞれ右土地所有権を取得したことは当事者間に争ない。

控訴人は右各土地の上には控訴人の所有当時から前記目録記載のようにそれぞれ桑樹が存在するところ、右桑樹はその農地の買収売渡にかかわらず依然として控訴人の所有に属するものであるのに、被控訴人らは農地の売渡を受けた後昭和二十三年以来今日まで右桑樹から生ずる桑葉をなんらの権原なく収穫して利益を受けているのは控訴人の損失において不当に利得するものであると主張する。原審における検証の結果、同じく鑑定人高山喬太及び根岸鶴二鑑定の結果並びに原審における被控訴人巻田熊造本人尋問の結果をあわせると被控訴人巻田熊造所有の本件土地の上には控訴人主張のような桑樹が生立せず従つて桑葉の収穫もなかつたことが認められるから被控訴人巻田に対する控訴人の本訴請求は他の諸点について審究するまでもなく理由がない。被控訴人巻田を除くその余の被控訴人らの所有土地上に控訴人主張のような桑樹のあること及び同被控訴人らが昭和二十三年以来桑葉を採取していることは右被控訴人らの認めるところである。被控訴人ら及び補助参加人は、右各土地上にある桑樹の所有権は自創法の規定による買収及び売渡処分により土地とともに控訴人から国え、国から被控訴人らえ、それぞれ適法かつ有効に移つたものであり、控訴人は土地とともに桑樹の所有権を失つたものであると主張するのである。

思うに、自創法は同法所定の目的を達成するため農地その他所定の物件等を政府において強制的に買収するもので、その手続の一切は同法及び附属法令に規定するところにもとずいてなされるべきことはいうまでもないが、そこに規定のないもので、しかも同法の目的に反しない限りは、私有財産に関する一般法たる民法その他の私法の適用を排除するものでないことは当然のことといわなければならない。民法は土地及びその定著物を不動産とする。地上に生立する樹木は一時的に仮植えされたものでない限り、土地の定著物であつて、土地とともに不動産としてその所有権の客体となる。すなわちこのような樹木の生立する土地という一個の不動産の上に一個の権利が成立する。ただ立木ニ関スル法律にいう立木はその地盤である土地の権利をはなれて別個の権利の客体をなすものであり、また立木法の適用を受けない樹木の集団もしくは個々の樹木でも取引にあたつて特に土地から独立させいわゆる明認方法を講ずるときは、その時以後独立の不動産として地盤の所有権をはなれた別個の所有権の客体となり得べきものである。従つてこのような樹木については土地の権利の処分は常にその樹木の処分を随伴するものではなく、それぞれ別個の権利変動をするものというべきである。しかしこのような関係にない樹木はその生立する土地をはなれては存立し得ず反対の慣習ないし特約もしくは他の法令の制限のない限りは、原則としてその生立する土地所有権の移転とその運命をともにするものといわなければならない。このことはその権利移転が売買等の有償行為にもとずくものである場合にその樹木そのものの対価が支払われるべきかがうかとは別個の問題である。ただ事実として通常はかかる樹木のある土地全体としてその対価が支払われるであろうから、樹木を除いた土地だけの対価が支払われて樹木の対価が計上されいてないということは、場合によつて土地と樹木とを別々に処分したことの証とするに足りることがあり得るというに過ぎない。

しからば自創法は買収の対象たるべき土地の上に樹木の存在する場合をいかに扱つているか。自創法(本件の買収及び売渡のなされた時期は昭和二十二年末以前であることは本件口頭弁論の全趣旨から明らかであるから、当時適用された法律は昭和二十一年十月二十一日公布法律第四三号、すなわち自創法の原規定であることはおのずから明らかである。附属法令もこの時期のものであること同様である)第三十条は未墾地買収にあたりその土地の上にある立木を買収し得べきことを定め、第一次改正(昭和二十二年十二月二十六日公布法律第二四一号)により附加された同法第四十条の二は牧野の上に存する立木を買収し得べきことを定め、また自創法の実質上の改正法律である農地法(昭和二十七年七月十五日公布法律第二二九号)はその第四十四条において未墾地につき同様の場合にその地上にある立木を買収し得べき旨を定めている。一方自創法施行令第二十五条(昭和二十五年十月二十一日政令第三一六号により削除されるまでのもの)は自創法第三十条第三十一条の場合未墾地の上に竹木のある場合は土地の価額と竹木の価額とを合算したものをもつて当該未墾地の買収価格とすることを規定し、自創法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令は同令第二条第五条及び同政令施行令第十四条第四項により農地、牧野、木墾地等の対価の額は当該土地に生立する竹木があるときは当該土地の価額と竹木の価額を合算したものとすると規定し、農地法施行令第二条は農地法による農地又は採草放牧地につき当該土地に生立する竹木がある場合は土地の価額と竹木の価額との合計額とすることを規定している。これらを通覧して考えれば、右法令において未墾地又は牧野の上に存在する立木については、その地盤たる土地の買収処分のほかに特にこれを買収処分の対象としていることは明らかであり、このことはかかる立木はその存立する土地の買収によつては当然にこれに買収の効力が及ばないことを前提としているものと解すべきであつて、これによつて考えれば、これらの法律にいう立木とは、さきに一般の原則について説明したように、立木法により特に別個の権利の客体となつた樹木の集団又は特に明認方法を施して別個の権利の客体となつている樹木の集団もしくは個々の樹木をさすものといわなければならない。このことは自創法及び農地法が買収処分の対象としている一切のものは土地、家屋、工作物等それ自体独立して権利の客体となり得るものについて定めていることからも明らかである。かく考えれば前記政令において農地、未墾地、採草放牧地等の地上にある竹木とはこのような意味における立木を除いたその余の樹木をさすものと解すべきことはおのずから明らかである。そしてこれら竹木については、法はその生立する土地の買収処分について、竹木をその土地の買収処分から除外すべきものとはなんら規定するところなく、かえつてかかる竹木は前記一般の原則に従いその生立する土地の買収処分に包含されてそれとともに権利の移転を生ずることを前提としているものと解さなければならない。しかもかかる竹木については、買収処分が自作農の創設維持のため国において法定の土地につき所有者の意思にかかわりなく強制的にこれを買上げるものである制度の本質にてらしてみると、国において特に買収処分の対象から除外しない限り、所有者の任意の留保によつては、別個の措置を採り得べからざるものと解さなければならない。あるいは自創法にいう農地とは耕作の目的に供される土地をいうとし、かかる農地上の樹木の生立する直下の地盤は耕作の目的に供されるものでないから農地買収処分が当然には地上樹木に及ばぬとするのは(控訴人はかく主張する)、一見理由あるもののようにみえる。しかし農地に生立する樹木ある場合樹木が土地の耕作から無関係であるとするのは早計で、後に本件についてみるようにかかる樹木は地上の耕作の効果を享受するとともにむしろ土地の利用に悪影響を及ぼすのを通例とするのであるから、かかる所論は採用に値いしない。

以上法令の検討によつて明らかであるように、当時適用のあつた自創法及びその後の改正法並びにそれらの附属政令は農地そのものの上に前記のような意味における立木の存する場合については全く規定を欠いているものであり。むしろそのことを予定してはいないのである。しかしもし仮りにたまたま農地上にかかる意味の立木が存在したとすればその地盤たる農地の買収処分は当然には地上立木に及ばないとすることはこれを肯認しなければならず、かかる意味の立木でない竹木について、常に地盤の権利と別個に権利の客体となるべき慣習があれば、これまたたんに土地のみの買収が樹木に当然に及ぶとすることは疑問としなければならないであろう。

次に農地の上に右にいう立木以外の樹木すなわち竹木が存する場合につき、かかる樹木ある農地の買収価格の算定において、当時適用のあつた自創法及び附属政令は樹木に関してはなんらの規定を置かなかつたのに、未墾地についてはこれを規定し、またその後の立法たる前記譲渡政令及び農地法施行令は未墾地等のほか農地についても樹木の価額を合算するものとしていること前記のとおりである。しかし当時の立法の立法技術上の良否はともあれ、このことから直ちに当時の法令は農地上の樹木についてはなんらの対価をも支払うことなくして土地とともに買収することとしたかどうかはさらに検討しなければならない。けだし土地に生立する樹木が土地とともに一体をなすとしても、いやしくも当該樹木に価値があるならばこれに対するなんらの対価を支払うことなくその所有権を奪うことは憲法第二十九条に違反するからである。思うに農地の上の樹木はそれが存立するためにかえつて農地の効用を害する場合のあることはみやすいところであり、樹木があることによつてそれがない場合に比し必ず樹木の価額だけ農地の価額が高くなるとすべき理由のないこと(このことは未墾地の上の樹木の場合と同一に論ずることを得ない)を考えれば、当時適用のあつた自創法及び附属政令は農地の買収価格はかかる樹木の生立する状態において評価して定めるべきものとしているものと解すべきであつて、これによつて農地の評価の中に樹木の価額は包含されているものというべく、かかる評価のなされる限り、なんら憲法違反の問題を生ずることはないのである。

ひるがえつて本件の場合についてみる。原審及び当審における検証の結果によれば、本件土地上の桑樹はおおむね樹令数十年を経た大木で農地の周囲に点在しその数必ずしも少しとしないが、これについて控訴人が立木法に定める登記をしたことは控訴人においてなんら主張立証しないのみでなく、これを認めるべき資料もないからこのような登記はなかつたものと認めるべきものである。また本件土地はすべて従前控訴人の所有でありこれを大部分の被控訴人らに賃貸していたが、桑樹については二三遠隔の地にあるものを除きすべて控訴人が自らその桑葉を取得していたことは本件口頭弁論の全趣旨からこれをうかがい得るところであり、甲第一号証の一ないし五、同第二号証の一ないし六の各土地小作賃貸借証書には附記事項として地上の桑樹は賃貸借の目的外とすべき旨の記載があるけれども、右甲号各証の附記事項の部分の成立に関する原審における原告本人尋問の結果は直ちに信用できないのみでなく、後記事情にてらせばこれをもつて控訴人が土地の賃貸にあたり桑樹を特に除外したものと認めることはできない。かえつて原審証人五十楼藤吾の証言、原審及び当審における検証の結果並びに当審における鑑定人近藤康男鑑定の結果をあわせて考えれば、元来桑樹は自然に生立するものでなく、かつ自然に放置すれば雑草にまけてその生産力を速かに失うものであつて、本件土地においても地上作物の耕作は桑樹の根元に及び、桑樹はこの耕耘肥培によつてその生産力を維持している関係にあり、結局土地の耕作は地上の普通作物のみならず桑樹をも対象とし、桑樹は一種の永年性作物というべく、しかも地主が従来小作料として若干の金員を徴するほか桑樹の生産する桑葉を収穫するのは、この土地の小作関係が一種の分益小作制度の性質をもちその物納小作料としてこれを取得するという関係にあることが明らかである。従つて従前地主たる控訴人が土地の賃貸にかかわらず桑葉を収穫したことは、桑樹を除外して土地を賃貸したためではなく、従つてまた土地と地上の桑樹とについて別個の使用収益をし、それによつて別個の権利の客体としたものということはできないから、これあるがため地上の桑樹についていわゆる明認方法を施したものということはできない。その他にかかる方法を施したことを認めるべきものはない。しからば本件の桑樹は前段説明のような立木に該当するものということができず、前記法令にいう竹木と解するほかはない。しかも買収にあたつて国が特に本件桑樹を除外する旨のかくべつの措置を講じたことはこれを認めるべき資料がなく、また本件において拠るべき反対の慣習もこれを認めるべき的確な証拠がない。もつとも原審における証人加藤喜一郎、同大竹彦重郎の各証言によれば利根郡糸之瀬村及び利南村地方において桑樹のある農地の売買にあたつて土地と別個に地上桑樹の価額を評価加算してその代金とする事例があることがうかがわれ、また当審における証人石原佐内、同林晶一、同林和嘉次、同林吉太郎、同星野毎作、同星野延寿、同林召良の各証言によれば片品村地方において桑樹のある農地を東京電力株式会社に売渡した際桑樹の価額を算定加算の上その対価が支払われ、しかも売渡後旧地主が会社の承諾を得て地上桑樹を伐採取得したことが認められるが、これをもつて直ちに農地の売買にあたり特段の意思表示なき限り土地と地上の樹木とが別個に権利の対象となるとの慣習あることを認めしめるものではない。

しからば右買収にあたつて本件桑樹の対価は支払われたものとうべきであるか。この点につき前記証人五十楼藤吾の証言及び鑑定人近藤康男の鑑定の結果、原審及び当審検証の結果並びに前認定の事実に公知の事実たる片品村及び東村地方の地理的位置とをあわせ考えれば、本件各土地の存在する片品村、東村地方は日光の裏山にあたる山村であつて、これらの農地上にある桑樹は、一方においてこれら高冷地帯にあつてその下の一般作物を冷たい気流の動揺に対し被蔽する役割をするとともに傾斜が急で砂礫の多い畑では桑はその根によつて土地の崩壊を防ぐ効果をもち、かつ年々養蚕に不可欠な桑葉の収穫をもたらす(桑の反当収入はその畑の全租収入の一一%ないし一五%又は八%ないし一二%概して一割であるとされる)というプラスの面を有するが、他方においてその下作たる一般作物の収穫を著しく減少せしめ(普通で夏作は七〇%、冬作は八〇%の収穫しか得られない。一部の証人によれば桑のため畑作は三割の減収という)かつ耕耘を困難ならしめるとともに畑や周囲の普通作物に対し日光や気水をさえぎり病虫害を招きやすいというマイナスの面をも有し、この両面を比較してみると桑樹の生立はむしろこの地方における土地利用にマイナスとなつていたものであり、昭和二十二年十二月頃においてはそのため畑の収益価額はむしろ減少していたものと理解すべく、財産税の課税において果樹園と桑園が形態的に似ているにかかわらず一は課税され一はその目的とならなかつたのもこのためであることが認められる。そして農地の買収価格の算定にあたつてその基準として採用された農地の賃貸価格が本件土地の以上の如き現実に即して定められたものであることを疑うべきなんらの資料もないから(控訴人もこの賃貸価格が不当なものであることを主張するものではない)、これに法定の倍率の最高を乗じて得たその最高価格の対価の支払われたこと弁論の全趣旨から明らかである本件においては、この支払われた価格は、桑樹の生立することを計算に入れて、(もつとも、それは価格評定に消極的作用をおよぼす事実としてではあるが)評定した価格というべきであり、したがつて桑樹の対価は右価格中に包含されていたことに帰するのであるから、それ自体価値ある桑樹の対価が支払われることなくして買収されたものとすることはできない。原審証人加藤喜一郎、同小菅孝三、同大竹彦重郎の各証言原審における原告本人尋問の結果によれば農地解放にあたり利根郡糸之瀬村、川場村、利南村各地方ないし本件土地の地方においても法定の買収対価のほかに、国から売渡を受ける小作人と旧地主との間で桑樹についてあらためて対価を定めてこれを授受したことのあることがうかがわれるが、これ当事者任意の行為であつて、もとより自創法の関することでなく、かかる事例あるの故をもつてそのことなかりし買収処分においては桑樹の対価の支払がなかつたものと解すべきでないことはもちろんである。

控訴人は本件の農地買収にあたり群馬県当局が農地の上に樹木ある場合は自創法施行令第二十五条に準じ土地の価額と樹木の価額とを合算すべき旨指導したと主張し、この事実は被控訴人らの認めるところであるが、本件において生立する桑樹はむしろ農地の価額を減少せしめるものとして働くものであること前記のとおりであるから、本件桑樹のある農地の買収について前記のような価格算定をしたことをもつて違法とすべき理由はないのである。

しからば本件農地上の樹木たる桑樹はすべて自創法による買収処分によつてその農地とともに国の所有に移り、その反面控訴人はこれが所有権を失つたものというべきことは明らかである。従つてこれらの桑樹が控訴人の所有であることを前提とする控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものである。

よつてこれと同旨の原判決は相当であるから本件控訴は理由のないものとして棄却すべく、訴訟費用及び参加費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条第九十四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)

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